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羽生

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ミスには面白い法則がある。たとえば、最初に相手がミスをする。そして次に自分がミスをする。ミスとミスで帳消しになると思いがちだが、あとからしたミスのほうが罪が重い。そのときの自分のミスは、相手のミスを足した分も加わって大きくなるのだ。つまりマイナスの度数が高いのだ。 by 羽生善治
2012/12/09

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実は、将棋では、勝ったケースのほとんどは相手のミスによる勝ちである。本当のことだ。拾い勝ちという感じなのだ。テニスなども、自分の強烈なショットがダウン・ザ・ラインに決まって勝つというより、相手のミスに「救われた!」というゲーム展開が多いのではないか。 by 羽生善治
2012/12/09

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☆「人間は、ミスをするものだ」
長い間、将棋を指してきて、こう、つくづくと思う。
将棋では、ミスは日常茶飯事でよく起こるのだ。私は、プロになって二十年近くになる。いろいろ経験を積んできたし、訓練もしてきたが、そうでありながら、どんなに訓練を積んでいても、ミスは避けられないという実感を抱いているのだ。 by 羽生善治
2012/12/09

集中力は、人に教えてもらったり、聞いて身につくものではない。勝負どころでの集中力を発揮するには、集中できる環境を自らつくり出すことこそが大切だと思っている。 by 羽生善治
2012/12/09

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テレビでサッカーの試合を観ていると、解説者が、「ここで集中!」「集中力を切らすな」と叫んだりしているが、私は、集中力はそんなに簡単に自在にギアチェンジできるとは思えない。流れが自分のほうになかったりすると、「どうしたらいいだろう」と思い悩んだり、前にしたミスをひきずって「ここで集中」という場面で乗り切れないこともあるだろう。かけ声だけで深く集中できるものではない。 by 羽生善治
2012/12/09

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何かに興味を持ち、それを好きになって打ち込むことは、集中力だけでなく、思考力や創造力を養うことにもつながると思っている。 by 羽生善治
2012/12/09

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誰でも、これまでに興味を持って夢中になったものがあるだろう。遊びでもゲームでも何でもいい。そのときの感覚であり、充実感だ。それを思い出せば、集中力のノウハウはわかるはずだ。逆に、興味のないことには集中できない。誰でも、自分が集中できる型を自然につくっているはずだ。 by 羽生善治
2012/12/09

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子どもは、好きなことなら時間がたつのも忘れてやり続けることができる。本当に夢中になったら黙っていても集中するのだ。集中力がある子に育てようとするのではなく、本当に好きなこと、興味を持てること、打ち込めるものが見つけられる環境を与えてやることが大切だ。 by 羽生善治
2012/12/09

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私が深く集中するときは、スキンダイビングで海に深く潜っていく感覚と似ている。一気に深い集中力には到達できない。海には水圧がある。潜るときにはゆっくりと、水圧に体を慣らしながら潜るように、集中力もだんだんと深めていかなければならない。そのステップを省略すると、深い集中の域に達することはできない。焦ると浅瀬でばたばたするだけで、どうもがいてもそれ以上に深く潜っていけなくなってしまう。逆に、段階をうまく踏むことができたときには、非常に深く集中できる。 by 羽生善治
2012/12/09

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将棋では、たとえば、重荷になりそうな駒であれば早めに切ってしまう。角や飛車という強力な駒でも、守るためにたくさんの駒を使う必要があったら、パッと桂馬や香車などに換え、その駒を他の場所で使う。部分的には損だけれど、全体としてはプラスになるということが多いのである。 by 羽生善治
2012/08/30

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「いかに戦うか」は大局観にかかわるが、その具体的な戦略は事前研究が決め手になる。事前にしっかり準備して万全の態勢で対局に臨んでくる人は手強い人だ。手強い人は、私の予想している局面に入ってくる。というのも、私が予想しているであろう局面に入ってくるには、私に勝つ自信を持った人でなければありえないからだ。そうでなければ、その局面の勝負は避けて通るはずだ。 by 羽生善治
2012/08/30

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先入観や思い込みを持っていると、「違う手もあるのではないか」「ゼロに近いことに挑戦しよう」という考えは思い浮かばない。新しい考えを試み、理解していこうという気持ちも起こらない。私は、「こんなのはあり得ない」と思うのではなくて、理解していこう、吸収していこう、試してみようという気持ちや姿勢を、これから自分自身でも大事にしていかなくてはいけない、と強く思っている。 by 羽生善治
2012/08/30

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「そんな馬鹿な」と思われることから創造は生まれる。どの世界でも、常識といわれていることを疑ってみることからアイデアや新しい考えも生まれるのではなかろうか。 by 羽生善治
2012/08/30

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リスクを避けていては、その対戦に勝ったとしてもいい将棋は残すことはできない。次のステップにもならない。それこそ、私にとっては大いなるリスクである。いい結果は生まれない。私は、積極的にリスクを負うことは未来のリスクを最小限にすると、いつも自分に言い聞かせている。 by 羽生善治
2012/08/17

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二人の剣豪が決闘を始めたとする。立ち合ったときは距離が離れているが、間合いを詰めていって勝負が決まる。お互いに離れていては勝負がつかないから、前へ進まなくてはいけない。前に進むとそれだけ危険が迫る。怖いから下がりたい気持ちになるだろうが、一歩下がっても、相手に一歩間合いを詰められるだけだ。状況は変わらない。逆にいうと、下がれば下がるほど状況が悪くなるのだ。怖くても前へ進んでいく、そういう気持ち、姿勢が非常に大事だと思っている。 by 羽生善治
2012/08/17

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勝負には通らなくてはいけない道が存在すると私は思っている。リスクを前に怖じ気づかないことだ。恐れることも正直ある。相手を恐れると、いろいろな理由をつけて逃げたくなる。怖いから腰が引けてしまう。しかし、勝負する以上、必ずどこかでそういう場面に向き合い、決断を迫られることになる。私は、そういうときには、「あとはなるようになれ」という意識で指している。どんな場面でも、今の自分をさらけ出すことが大事なのだ。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」だ。 by 羽生善治
2012/08/17

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何事でも、決断し、挑戦してみないと、結果がどうなるかはわからない。 by 羽生善治
2012/08/17

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将棋で大事なのは、判断であり決断である。私は、決断をするときのよりどころは自分の中にあると思っている。王をとるか、とられるかの厳しい局面では、最終的に自らリスクを負わなければならない。そういうところでの決断には、その人の本質が出てくるのだ。 by 羽生善治
2012/08/17

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現状に満足してしまうと、進歩はない。
物事を進めようとするときに、「まだその時期じゃない」「環境が整っていない」とリスクばかりを強調する人がいるが、環境が整っていないことは、逆説的にいえば、非常にいい環境だといえる。リスクを強調すると、新しいことに挑戦することに尻込みしてしまう。リスクの大きさはその価値を表しているのだと思えば、それだけやりがいが大きい。そちらに目を向ければ、挑戦してみようという気持ちも起きてくるのではないだろうか。 by 羽生善治
2012/08/07

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将棋にかぎらず、ぎりぎりの勝負で力を発揮できる決め手は、この大局観と感性のバランスだ。感性は、どの部分がプラスに働くというのではなく、読書をしたり、音楽を聴いたり、将棋界以外の人と会ったり……というさまざまな刺激によって総合的に研ぎ澄まされていくものだと思っている。 by 羽生善治
2012/08/07

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直感力は、それまでにいろいろ経験し、培ってきたことが脳の無意識の領域に詰まっており、それが浮かび上がってくるものだ。まったく偶然に、何もないところからパッと思い浮かぶものではない。たくさんの対局をし、「いい結果だった」「悪い結果だった」などの経験の積み重ねの中で、「こういうケースの場合はこう対応したほうがいい」という無意識の流れに沿って浮かび上がってくるものだと思っている。 by 羽生善治
2012/08/07

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私は、人間の持っている優れた資質の一つは、直感力だと思っている。
というのも、これまで公式戦で千局以上の将棋を指してきて、一局の中で、直感によってパッと一目見て「これが一番いいだろう」と閃いた手のほぼ七割は、正しい選択をしている。 by 羽生善治
2012/08/07

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「将棋を指すうえで、一番の決め手になるのは何か?」
と問われれば、私は、「決断力」と答えるであろう。
私は、いつも、決断することは本当に難しいと思っている。直感によって指し手を思い浮かべることや、検証のための読みの力も大切であるが、対局中は決断の連続である。その決断力の一つ一つが勝負を決するのである。 by 羽生善治
2012/08/07

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守ろう、守ろうとすると後ろ向きになる。守りたければ攻めなければいけない。私は、自分の将棋は常にそうありたいと思っている。 by 羽生善治
2012/07/31

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勝負の世界では「これでよし」と消極的な姿勢になることが一番怖い。組織や企業でも同じだろうが、常に前進を目ざさないと、そこでストップし、後退が始まってしまう。 by 羽生善治
2012/07/31

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新しいものを取り入れるときほ経験がないほうが、拒否反応がないのですっと入っていける。また、怖がらないから危ない橋でもどんどん渡れる。非常に大事な要素である。 by 羽生善治
2012/07/31

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将棋にかぎらず、知らないフィールドで戦うほうが面白いのではないか。常識もマニュアルも通用しないカーナビが効かない場所では、自分の力を試されているようでもあり、充実感を実感できるはずだ。未知の世界に踏み込み、自力で考え、新しいルートを探し求める気迫こそ、未来を切り開く力になると私は考えている。 by 羽生善治
2012/07/31

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どんなに机上で勉強、分析しても、実戦でやってみて「失敗した」「成功した」経験をしないと、理解の度合いが深まらない。たとえば、一つの場面についての知識や情報をたくさん持っていたとしても、アプローチの仕方とか、理解の仕方とかは深まらない。理解度が深まらないと、そこから新しい発想やアイデアも思い浮かばない。いろいろ試したり、実践してみたことこそが、次のステップにつながっていくのである。 by 羽生善治
2012/07/31

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勝つのほ一点差でいい。五点も十点も大差をつけて勝つ必要はない。常にギリギリの勝ちを目ざしているほうがむしろ確実性が高くなると思っている。 by 羽生善治
2012/07/31

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かなり危険だと判断しても、私は、踏み込んで決断をするほうだと思う。
見た目にはかなり危険でも、読み切っていれば怖くはない。剣豪の勝負でも、お互いの斬り合いで、相手の刀の切っ先が鼻先一センチのところをかすめていっても、読み切っていれば大丈夫だ。逆に相手に何もさせたくないからと距離を十分に置いていると、相手が鋭く踏み込んできたときに受けに回ってしまう。逆転を許すことになる。将棋では、自分から踏み込むことは勝負を決める大きな要素である。 by 羽生善治
2012/06/27

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決断するときはたとえその手が危険であっても、わかりやすい手を選んでいる。簡単に勝てるほうといってもいい。 by 羽生善治
2012/06/27

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勝負では、自分から危険なところに踏み込む勇気が必要である。 by 羽生善治
2012/06/27

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経験には、「いい結果」、「悪い結果」がある。それを積むことによっていろいろな方法論というか、選択肢も増えてきた。しかし、一方では、経験を積んで選択肢が増えている分だけ、怖いとか、不安だとか、そういう気持ちも増してきている。考える材料が増えれば増えるほど「これと似たようなことを前にやって失敗してしまった」というマイナス面も大きく膨らんで自分の思考を縛ることになる。
そういうマイナス面に打ち勝てる理性、自分自身をコントロールする力を同時に成長させていかないと、経験を活かし切るのは難しくなってしまう。それは、将棋にかぎらず、ビジネスの世界をはじめ、共通する課題であろう。 by 羽生善治
2012/06/27

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何かを「覚える」、それ自体が勉強になるのではなく、それを理解しマスターし、自家薬籠中のものにする――その過程が最も大事なのである。それは他人の将棋を見ているだけでは、わからないし、自分のものにはできない。自分が実際にやってみると、「ああ、こういうことだったのか」と理解できる。 by 羽生善治
2012/06/27

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定跡は、ただ記憶するだけでは実戦でほとんど役に立たない。そこに自分のアイデアや判断をつけ加えて、より高いレベルに昇華させる必要がある。将棋にかぎらず、私たちはとかく膨大な量の情報や知識に埋もれがちだ。定跡を生かすにも、情報におぼれるのではなく、まず、“自分の頭で考える”ことが先決だと思っている。 by 羽生善治
2012/05/14

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知識は、「知恵」に変えてこそ自分の力になる。 by 羽生善治
2012/05/14

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駒がぶつかったあとからは争点がはっきりとするのである意味、考えやすい。そこから逆転の機会をつかむのは難しい。勝負どころはもっと前にあるのだ。駒がぶつかっていれば誰でも考えやすい。争点だけ考えればいい。しかし、戦いが始まる前に香車を上げるとか端の歩を突くというのは難しいし、考えづらい。それが争点で生きてくる。相手に差をつける勝負どころなのだ。 by 羽生善治
2012/05/14

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不利な局面でも諦めずに、粘り強く淡々と指していくことが、勝負のツボを見いだすポイントになり、逆転に必要な直感や閃きを導き出す道筋になると私は信じている。 by 羽生善治
2012/05/14

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流れは人為的に支配できるものではない。対局中にはいろいろなことを考えるが、思ったとおりにはならない。思いがけない展開になってしまう。流れをつくるよりも、サーフィンのように流れにのっていく。波はつくれないが、乗れるかどうかだ。 by 羽生善治
2012/05/14

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勝負どころではごちゃごちゃ考えるな。単純に、簡単に考えろ! by 羽生善治
2012/03/14

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私は、人間には二通りあると思っている。不利な状況を喜べる人間と、喜べない人間だ。 by 羽生善治
2012/03/14

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たとえば、いまトップで争っている人たちは、欠点を裏返すと、それがその人の一番の長所であったりする。だから、それを消そうとすると、また別の欠点が出てくるのである。 by 羽生善治
2012/03/14

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勝負は相手が嫌がることをやるものなのだ。これは予想していないだろうという手を、お互いにくり出しあうのだ。 by 羽生善治
2012/03/14

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意表をつかれることに驚いてはいけない。そんなことは日常茶飯事であって、予想どおりに進むことなど皆無といっていい。 by 羽生善治
2012/03/14

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楽観はしない。
ましてや悲観もしない。
ひたすら平常心で。 by 羽生善治
2012/03/14

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勝負では精神力はもちろん重要である。とりわけ追い込まれたときの精神力。これが重大な局面を左右する。 by 羽生善治
2012/03/14

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将棋は自分との孤独な戦いである。追い込まれた状況からいかに抜け出すか。
追い込まれるということはどういうことか、でも、人間は本当に追い詰められた経験をしなければダメだということもわかった。逆にいうと、追い詰められた場所にこそ、大きな飛躍があるのだ。 by 羽生善治
2012/03/14

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初めてではどう対処するか非常に難しいが、何事でも一回経験していれば対処しやすい。ゼロと一の差は大きい。 by 羽生善治
2012/03/14

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勝負においては、自分が苦しいときは相手も苦しいのである。 by 羽生善治
2012/03/14

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