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元気総合

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アントニオ猪木
そういった困難が俺のエネルギーになったし、波乱万丈こそ人生のパートナーであることを信条に、これまで生きてきた。 by アントニオ猪木
2012/11/07

俺の人生にはいろいろなことがあった。波乱万丈という言葉があるが、まさにその表現がぴったりくる。それでも今、俺がこうして生きていられるのは、純粋さを失わなかったからだと思っている。純粋なエネルギーにしたがって生きているからこそ、いくら打ちのめされ、周りがすべて敵になっても、前を向いて挑戦していけたのである。 by アントニオ猪木
2012/11/07

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もはや病んでいるともいえる日本社会で、青少年の心が歪むのは、肉体自体が不健康でもあるからだ。健康から生まれる発想だけが、豊かで平和な社会をつくるのだ。いつもさわやかに目覚めれば、ネガティヴな考えも起きない。
「何て単純なんだ」と思われるだろうが、人間はそれほど複雑ではないと俺は考えている。 by アントニオ猪木
2012/11/07

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誰だって、自分にしかできないことだったり、得意なことだったりがある。それがどんな些細な一見取るに足らないことだとしても、それによって喜んでくれる人は絶対にいる。世の中に無用な人間は存在しない。誰しも、誰かを感動させる術を持っているのだ。その術を使って人を感動させることは、何と素晴らしいことだろう。
人の喜びを自分の喜びに変えられる人間になるべきだと俺は思う。 by アントニオ猪木
2012/10/25

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とにかく、これらの事業にしろ、プロレスにしろ、どちらにしても自分にしかできないことだと思って、己を鼓舞して双方の道を一つひとつ突き進んでいる。こういった、俺にできることで、人が喜んでくれるなら何でもしようと思う。俺は人の元気と笑顔が見られれば、それでいいのだ。 by アントニオ猪木
2012/10/25

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人が喜んでくれることを実行する。俺の喜びはこのことに尽きる。 by アントニオ猪木
2012/10/25

どんなことでもいいから他人に負けないものをつくろうとすること自体が、パワーを生み出す基になる。最終的にそれが身につけば、その人の自信にもなる。それによって飯も食えるようになるしね。しかし、たとえそれが身につかなかったとしても一向に構わない。その一生懸命にやったという過程こそが大切なのである。 by アントニオ猪木
2012/10/25

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一歩踏み出すというのは「アクション」だ。昔、イラクや北朝鮮に乗り込んだのも、そうしなくちゃいけないと己で感じて体が反応したのだ。無謀といわれようが、実際にそうした行動をした奴だけが、夢を叶えることができる。
人生というのは挑戦の連続なのだから。 by アントニオ猪木
2012/10/25

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一歩を踏み出したあとから降って湧いたような問題は、そのときどきでクリアしていけばいいだけの話なのである。 by アントニオ猪木
2012/10/25

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まあ、さまざまな感情を持つのが人間だけに、行動を起こす際に悩みや迷いが出るのは、ある意味自然なことかもしれないが、そうであれば悩みや迷いが出る前に動けばいいだけ。俺は、それをよく無謀だといわれる。 by アントニオ猪木
2012/10/25

自分の夢のために一歩を踏み出せるか。何かを決断したときに踏み出せるか。もっといえば、決断したときには誰でも踏み出せるが、本当に大切なのは迷ったときにこそ踏み出せるかということだろう。その決断に迷って一年、二年、五年と時間だけを費やしてしまうことがいかに多いか。 by アントニオ猪木
2012/10/25

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道はどんなに険しくとも笑いながら歩いていこうぜ。
どんなときでも、笑顔を見せるだけでいいんだ。 by アントニオ猪木
2012/10/15

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どんなに険しい道だって、プラス思考を持って歩けば、どうにかなる可能性だって高くなる。そのプラス思考を持つにはまず笑顔だ。笑顔が自分を助けてくれることだってある。
はじめから不安を持っていると、どうしても思い切りが悪くなるし、うまくいくこともダメになる。生きていれば辛いこと、悲しいこと、腹が立つこと、いろいろある。けれども、そんなことばかり考えていては不幸になるだけだ。 by アントニオ猪木
2012/10/15

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マイナス思考を抑えて、プラス思考にしようとする。いいことだけを念じ、物事がよくなると考え続けるほうが、人生だってうまくいくに決まっている。 by アントニオ猪木

2012/10/15

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負けると思って負けるのは、勝とうと思って負けるより悔しくない。しかし、どうせなら悔しさが強く残ったほうが、明日への糧となる。それがプラス思考だったなら、たとえマイナスの結果になったとしても、それをよりプラスに転じることだってできる。 by アントニオ猪木
2012/10/15

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野球などのスポーツだってそうだ。「もし、今日負けたとしても精一杯やろう!」なんて考えていたら、まず負けてしまう。勝つと思ってやらなかったら試合には勝てないし、勝とうと思ってやるからこそ、精一杯のプレーができるんだ。 by アントニオ猪木
2012/10/15

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人間の思考というのはおもしろいもので、考え方一つでいかようにもなる。
たとえば、車を運転するときに、「事故を起こさずに運転をしよう」と考えたとする。「事故を起こさずに」というのは、いかにも安全運転を考慮に入れているようで、非常に正しいもののように思える。だがこの考え方は、はじめから悪い事態を想定していることと同じで、実はこの時点で、すでにいいことではないのだ。
常に事故を考えて運転していると心に余裕がなくなり、逆に事故を呼び込みやすくなるかもしれない。仮に事故が起きないとしても、これではドライブも楽しくないだろう。 by アントニオ猪木
2012/10/15

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施しとは、金品を渡したとか、そういうことではない。その原点は笑顔にある。笑顔で、「おはようございます」「こんにちは」「やあ!」などと挨拶するだけで、他人はいい気持ちになるし、自分だって気持ちがよくなる。これこそが、笑顔の施しなのである。
だから俺は、ジョークが大好きだ。他人を笑顔にしたいから、俺はよく冗談をいうんだ。
その笑顔を見て、俺も笑顔になるし、そこには非常にいい空気が流れる。 by アントニオ猪木
2012/10/15

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もし、他人が自分の足を引っ張るようなことをしても、そんなことにはめげず、逆に以前にも増して前進すべきだ。 by アントニオ猪木
2012/10/15

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食うか食われるかの生存競争を勝ち抜くための闘争本能は、人間のDNAのなかに脈々と受け継がれて残っている。そんな生のパワーを放出することによって、人は己を高みに上げることができ、さらに他人を感動させることもできる。
そんなパワーを覚醒させる引き金になるのが「夢」。俺は、己の夢のために、パワーを最大限に放出してきたからこそ、アントニオ猪木という存在になれたんだと思っている。 by アントニオ猪木
2012/10/15

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まずは元気であること、元気を出すことからはじめて欲しい。
何かが急に変わることはないかもしれないが、元気があれば、少しずつよい方向へと向かっていくものなのだ。 by アントニオ猪木
2012/10/15

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みんなに元気になってほしくて、いつも「元気ですかーっ!」と俺はいうが、まずは自分に元気がなければ、他人にそういっても伝わらない。
俺も、もうある程度の年齢だし、朝起きて膝が痛い、肩も痛い、なんてことも当然ある。
そんなときには、自分に「元気ですかーっ!」って声をかけるし、「元気ですかーっ!」って挨拶をする。さらに体も動かしてみる。そうすると不思議なもんで、自然と元気が湧いてくるんだ。 by アントニオ猪木
2012/10/15

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人間に大切な「気」を表に出すために、我々はどうすればいいのか。
俺は、「もっと体を動かし、大きな声を出してハッキリものをいえ」といいたい。大きな声を出すことで、脳が刺激されて「気」が発散される。元々人間だけに発達した前頭葉という部分は、頭蓋骨内に無理矢理押し込められていて、そこから出たくて仕方がない。そこから「気」のようなものが出るのだそうだ。
その発露のきっかけが、体を動かすことであり、大きな声を出すこと。そうやって脳を解放してあげると「気」が発散されて元気になれるのだ。 by アントニオ猪木
2012/10/15

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「元気ですかーっ!? 元気があれば何でもできる」
もはや俺の代名詞といえるこの言葉。これを聞くと本当に元気になるという人も多い。
俺のモノマネをするタレントたちが、よくこの言葉を使うけれども、俺の場合、決して冗談で使っているわけではない。心の底から、みんなに元気を出してもらいたくてこの言葉を使っているのだ。
だから俺は、暇さえあれば「元気ですかーっ!?」というようにしている。
元気ならプラス思考を持てるし、脳も活性化される。また病気だって治ることがある。
まさに、元気が一番なんだ。 by アントニオ猪木
2012/10/15

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金持ちも貧乏も、見てくれがいい奴も悪い奴も、頭がいい奴も悪い奴も、正直者も嘘つきも、ただ生きているだけで本当は価値があるのだ。
人間がその時その時を精一杯生きている姿こそが、もっとも美しい花なのである。 by アントニオ猪木
2012/10/01

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夢なんてあきらめてけっこう。結果はどうあれ、もしその夢が叶わなかったとしても、すぐに別の夢へ方向転換すればいいだけだ。「夢を途中で投げ出すのはかっこ悪い」「自分には他に何も無い」「誰にも認めてもらえない」なんて思うから人は辛くなる。それは自分の可能性を自分の手で閉ざしてしまっているだけ。人には誰でも無限の可能性が広がっているのに。 by アントニオ猪木
2012/10/01

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今はみんな、今日飯が食えているのに、明日や明後日の飯の心配までしている。悩みごとを自分たちで勝手につくってしまっている。今の人たちは悩みごとをつくる天才なんじゃないかと思う。俺の身の周りにもそんな奴が大勢いる。もっと楽に物事を考えればいいんじゃないの? と思ってしまう。 by アントニオ猪木
2012/10/01

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死というものは誰にでもやってくる。俺は別に死は怖くないけれども、最期の日が来たときに悔いが無いように目一杯生きようと思っている。
死ぬまで、その死ぬ一瞬まで俺は輝いていたい。
そのパワー、元気とでもいおうか、そのプラスエネルギーがボロボロの体の俺を生かし続けている。 by アントニオ猪木
2012/10/01

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元気ですかーっ!
元気があれば何でもできる。 by アントニオ猪木
2012/10/01

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花が咲こうと咲くまいと生きていることが花なんだ。 by アントニオ猪木
2012/10/01

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人間は誰しもが何かしらのこだわりを持っているだろう。
しかしそのこだわりを捨て、前向きに取り組めば何事もできないことはないのだ。 by アントニオ猪木
2012/09/18

勝ちを待っていては、なかなかきません。
つかみに行かないといけません。 by イチロー
2011/10/30

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自分たちを客観的に見てやるべきことをやります。
それは、どんなときにも変わらないものなのです。 by イチロー
2011/10/30

ヒットを続けて打ったとしても、過去のものだとふりはらえれば、次の打席に集中していけますから。 by イチロー
2011/10/21

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ちいさいことをかさねることが、とんでもないところに行くただひとつの道。 by イチロー
2011/09/23

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いかに、いい成績の記憶をふりはらうかということは大事でしょうね。
そういうものを背負うと、自分を苦しめることはわかっていますから。 by イチロー
2011/09/23

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何かを達成した後は気持ちが抜けてしまうことが多いので、打った塁上では、「次の打席が大事だ」と思っていました。 by イチロー
2011/09/23

ヒットを1本増やしたいとポジティブに考えるのです。
そう思っていれば打席に立つのがたのしみになりますよね。 by イチロー
2011/09/23

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自信がなくてグラウンドに立つことはまずないでしょう。
よほど体調が悪いとか、精神的に問題がある時以外には。 by イチロー
2011/09/23

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いままで自分がやってきたことを、しっかりと継続することが、イチローという選手の能力を引き出すためには、はずせないことです。 by イチロー
2011/09/23

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たくさんの予測をすることを常にやって、それを「ふだんどおり」というふうにしていかなければ、特別なプレイというのはできません。特別なことをするために特別なことをするのではないのです。 by イチロー
2011/09/23

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特別なことをするためには、ふだんの自分でいられることが大事です。 by イチロー
2011/09/23

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常に、先のことを予測する習慣をつけることは、大事だと思います。 by イチロー
2011/09/23

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ムダなことを考えて、ムダなことをしないと、伸びません。 by イチロー
2011/09/10

ミスショットの原因は気持ちの中にあると思っていたのです。
だけど違っていました。技術によるものでした。 by イチロー
2011/09/10

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人と違うことをやるというのが、ぼくの基本ですから。 by イチロー
2011/09/10

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漠然なんですけど、ぼくが考えている目標というのは、50歳まで現役バリバリでプレイするということなのです。 by イチロー
2011/09/10

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人のために何かをしようとしたときは、だいたいうまくいかないものです。 by イチロー
2011/09/10

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誰かを勇気づけようとしたしたのでもなく、自分を満足させようとした結果、世の中の人に、なにかを感じてもらえて、たのしんでもらえたわけです。 by イチロー
2011/09/10

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これからぼくがしたいことは、自分の理想を求めることなのです。 by イチロー
2011/09/10

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世の中の流れに乗って、なにかを変えるきっかけを作ることはできたとしても、ひとりの力で世の中を変えることは無理です。
ぼくもかつては自分の力を過大評価していました。 by イチロー
2011/08/21

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ひとりの人間のできることは、かぎられています。 by イチロー
2011/08/21

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決して、人が求める理想を求めません。
人が笑ってほしいときに笑いません。
自分が笑いたいから笑います。 by イチロー
2011/08/21

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一面に載って、気分がよくなってしまうと、人から評価される、チヤホヤされることが、気持ちよくなってきてしまうのです。 by イチロー
2011/08/21

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選手である以上、プレッシャーは感じていたいと思います。
プラスにするもマイナスにするも自分次第です。
プレッシャーのない選手でいたいとは思いません。 by イチロー
2011/08/21

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技術があがったら、うれしいと思います。より、自分が思う完璧に近づきたいです。時間がかかると思いますけれど、何かあたらしいものが発見できたら、うれしいです。 by イチロー
2011/08/21

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完璧にはなれないとはわかっていますが、それに向かっていこうと思うのが野球選手だと思います。 by イチロー
2011/08/21

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ぼくは、次に起こることは何か、いま何をすればいいのか、いつも考えます。ムダというか、生かされないことの方が多いんですけどね。これからもムダなことをたくさん考えて、そこからあたらしい何かが見えてきたらうれしいです。 by イチロー
2011/08/21

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考える労力を惜しむと、前に進むことを止めてしまうことになります。 by イチロー
2011/08/21

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数字だけではなくて、野球がうまくなりたいんです。そういう実感が持てたらうれしいですね。これは数字には表しづらいことですし、ぼくだけが得る感覚ですから、そうやって前に進む気持ちがあれば、たのしみはいくらでもありますから。 by イチロー
2011/08/21

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初心を忘れないことっていうのは大事ですが、初心でプレイをしていてはいけないのです。
成長した自分がそこにいて、その気持ちでプレイしなくてはいけません。 by イチロー
2011/08/21

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いつだって、チャンスのときには力が入るものです。 by イチロー
2011/08/21

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自分のやっていることは、理由があることでなくてはいけないと思っているし、自分の行動の意味を、必ず説明できる自信もあります。 by イチロー
2011/08/21

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なにかをしようとしたとき、失敗を恐れないで、やってください。
失敗して負けてしまったら、その理由を考えて反省してください。
かならず、将来の役に立つと思います。 by イチロー
2011/08/10

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進化するときというのは、形はあんまり変わりません。
だけど、見えないところが変わっています。
それがほんとうの進化じゃないですか。 by イチロー
2011/08/10

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このなかで、将来、なにかになりたいという人はいますか。
今日、ぼくがいいたいのは、目標を持ってもらいたいということです。 by イチロー
2011/08/10

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自分自身が何をしたいのかを、忘れてはいけません。 by イチロー
2011/08/10

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長く続く強い発見は、凡打をして、その凡打の理由がわかったときなのです。 by イチロー
2011/08/10

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自分の思ったことをやりつづけることには後悔がありません。
もしそれで失敗したとしても後悔は絶対にないはずですから。 by イチロー
2011/08/10

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プレッシャーがかかる感じはたまりません。
ぼくにとっては最高ですよね。
ものすごく苦しいですけど。 by イチロー
2011/08/10

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毎年、気持ちは変わりますし、体も微妙に変わります。
いいフォームが何年経ってもいいとは思いません。
その時々の自分に合うフォームがかならずあるはずです。 by イチロー
2011/08/10

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第三者ん評価を意識した生き方はしたくありません。
自分が納得した生き方をしたいです。 by イチロー
2011/08/10

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ぼくは、期待があろうとなかろうと進むタイプです。 by イチロー
2011/08/10

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現役中に、過去のことを懐かしんではいけません。 by イチロー
2011/08/10

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夢をつかむことというのは、一気にはできません。
ちいさなことをつみかさねることで、いつの日か、信じられないような力を出せるようになっていきます。 by イチロー

人を動かすには、相手の欲しているものを与えるのが、唯一の方法である。 by デール・カーネギー
2012/12/07

160603人から押しつけられた意見よりも、自分で思いついた意見のほうを、われわれは、はるかに大切にするものである。とすると、人に自分の意見を押しつけようとするのは、そもそも間違いだといえる。暗示を与えて、結論は相手に出させるほうが、よほど利口だ。 by デール・カーネギー
2012/12/07

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人と会うたびに何か親切を尽くしてあげることだ。一日が終ったら、自分の親切が何をもたらしたか、よくかみしめてみよう。たった一回の親切にどんな大きな意味があるか、ちょっと分らないだろうが、これだけは確かである。親切は相手が好きだというしるしであり、親切を受ければ、相手もある程度までこちらが好きになる。 by デール・カーネギー
2012/12/07
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現代生活は忙しい。用件はさっさと述べ、言うべきことを言ったら、そこで話をやめて、相手に話の場を譲る方がよい。 by デール・カーネギー
2012/12/07

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友人が欲しければ友人の事をいつも心にかけるように心掛けることだ。相手の名前を覚えればその人に対して口では言い尽くせない好意を示したことになる。その人に対して好印象を与えたことになる。自分の名前を覚えてくれたことで、相手の自尊心は高まるからだ。 by デール・カーネギー
2012/12/07

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友人を得、こちらの考えに同調させる最も確実な方法は、相手の意見を十分に取り上げてやり、相手の自尊心を満足させてやることだ。 by デール・カーネギー
2012/12/07

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にっこりするコツおよびその効果を考えよう。まず世間や人々に本当に誠意をもって対さねばならない。この心掛けがなければ、にっこりしても不自然にしか見えない。だが人前ではいつもにっこりするよう心掛けるだけでも、けっこう役に立つ。ほほ笑みかけられた相手が幸福になり、その幸福がブーメランのように、こちらへはね返ってくるからだ。
相手の気分がよくなれば、こちらの気分もよくなり、間もなく笑顔が本物になる。
また、にっこりすると、不快な気持やよそよそしい気持が抑えられる。にっこりほほ笑みかければ、相手が好きだということを、それとなく伝えることになる。相手にもその気持ちが伝わり、こちらが好きになる。まあ一ぺんにっこりする習慣をつけてみたまえ。きっといい事があるはずだ。 by デール・カーネギー
2012/12/07

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相手に本当の興味を持とうと努力すれば、こちらに興味を持たせようと二年間悪戦苦闘の末、やっと得られる友人より、多くの友人が二時間もあれば得られる。言い換えれば、友人を得る最上の方法は、まず自分が友人になることだ。 by デール・カーネギー
2012/12/07

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人間嫌いを直す簡単な方法は一つしかない。相手の長所をみつけることだ。長所は必ずみつかるものだ。 by デール・カーネギー
2012/12/07

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相手は間違っているかも知れないが、彼自身は、自分が間違っているとは決して思っていないのである。だから、相手を非難しても始まらない。非難は、どんな馬鹿者でもできる。理解することに努めねばならない。賢明な人間は、相手を理解しようと努める。
相手の考え、行動には、それぞれ、相当の理由があるはずだ。その理由を探し出さねばならない。そうすれば、相手の行動、さらには、相手の性格に対する鍵まで握ることができる。ほんとうに相手の身になってみることだ。 by デール・カーネギー
2012/12/07

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あなたが明日会う人々の四分の三は、「自分と同じ意見の者はいないか」と必死になって探している。この望みをかなえてやるのが、人に好かれる秘訣である。 by デール・カーネギー
人間は誰だって一番が好きだ。
だけど、競争のない世界に、一番なんてあるわけがない。本当に意味のある仕事で、誰かひとりにしかできないことなんてあるわけがないだろう。負けるヤツがあるから、勝つヤツがいる。
でも負けるのは嫌だから、自分の子供に負けを認めさせたくないから、努力することに価値があるとか、オンリーワンになれる世界を見つけなさいと言う。
競争を否定するくせに、一番ということにはこだわる。 by 北野武
2012/12/12

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ナンバーワンじゃなくていいから、オンリーワンを目指しなさいというのも、考えてみればかなり妙な理屈だ。
オンリーワンになれというのは、あなたにしかできないものを探せということだ。そうすりゃ、競争なんて面倒なことはしなくて済む。つまり、オンリーワンというのは、「誰も競争相手のいない世界を見つけて潜り込めば、あなたも一番になれますよ」と言っているだけのことなのだ。 by 北野武
2012/12/12

分厚い壁が目の前にあれば、子供は放っておいでも、なんとかしてそこから自由になろうともがく。壁をぶちこわそうとするヤツもいれば、壁の下に穴を掘ろうとするヤツもいるだろう。壁の内側に、誰も気づかなかった自由を見つける子供もいるだろう。 by 北野武
2012/12/12

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現代の教育は、まったく反対のことをやっている。子供に自由の尊さや、喜びを教えたいのなら、きちんとした枠を与えてやるべきなのだ。 by 北野武
2012/12/12

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どこの国の人間であろうが、サッカーの不自由さは直感的に理解できる。
逆に言えば、ペレとかマラドーナがどんなに凄いことをしているかは、サッカーに詳しくなくても、見れば誰にだって一目でわかる。だから、彼らは世界のスーパースターなのだ。ロナウジーニョのパスやシュートがあんなにも美しいのは、サッカーという枠があるからだ。光と影みたいなもので、不自由な枠の中で戦っているからこそ、自由というものが光り輝くのだ。重力で地面に押しつけられていたからこそ、空を飛ぶことが人類の長年の夢だったように。 by 北野武
2012/12/12

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自由というのは、ある程度の枠があってはじめて成立する。なんでもやっていいよという枠のない世界にあるのは、自由ではなくて混沌だ。 by 北野武
2012/12/12

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全員でリレーをさせて、負けたのは全員のせいだなんて教師が言ったって、ほんとうは誰のせいで負けたのかを、みんな知っている。
さっきの話とまったく同じだ。足の速いヤツは速いし、遅いヤツは遅い。馬鹿は馬鹿だし、ブスはブス。平等なんかじゃないことは、子供の目には明白だ。
なのに、表じゃそういうことを言ってはいけないことになっているから、裏で延々と言い続けてしまう。序列がつけられないから、無抵抗な弱い子を叩いて自分の順位を仲間に誇示しようとする。昔と反対に、弱い者イジメで仲間意識を確認するようになったというわけだ。 by 北野武
2012/12/12

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人間というものは不思議なことに、常にどこかに敵を作らないと、平和ではいられない生き物らしい。外に敵がいなくなれば、身内に敵を作る。平和を願う市民団体同士が喧嘩をしているくらいなのだから。 by 北野武
2012/12/12

自分の子供が、なんの武器も持っていないことを教えておくのは、ちっとも残酷じゃない。それじゃ辛いというなら、なんとか世の中を渡っていけるだけの武器を、子供が見つける手助けをしてやることだ。
それが見つからないのなら、せめて子供が世の中に出たときに、現実に打ちのめされて傷ついても、生き抜いていけるだけのタフな心を育ててやるしかない。 by 北野武
2012/12/12

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努力すればなんとかなるなんて、おためごかしを言ってないで、子供の頃からちゃんと叩き込んでおいてやった方がいい。人間は平等なんかじゃない。お前にはその才能がないんだと、親が言ってやるべきなのだ。いくら努力したって、駄目なものは駄目なんだと、教えてやらなきゃいけない。 by 北野武
2012/12/12

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ストーカーだってそうだ。努力すれば夢はなんでもかなうなんて教えこまれてるから、いつまでも相手を追いかけ続ける。挙げ句の果てには、自分の気持ちがわからない相手が悪いと決めつけて殺してしまう。
高嶺の花なんて言葉が昔はあったけど、今はそんなこと誰も言わなくなってしまった。
要するに、引き籠もりもストーカーも、世の中には、諦めなきやいけないことがあるってことを知らないのだ。泣きさえすればミルクがもらえる赤ん坊の状態から、ぜんぜん成長していない。 by 北野武
2012/12/12

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なんでも努力のせいにして、人間には本来差があるという現実をうやむやにする。
おかげで今の子供は、その努力すらしないで、夢さえみていればいつかはかなうと思うようになった。
そんな状態で、いきなり社会にほっぽり出されるから、頭がおかしくなる。自分の思い通りにならないことを、何でもかんでも人のせいにする。親が悪いと言っては、バットで殴ったり。社会が悪いんだと言って、引き籠もったり。ワケのわからない新興宗教に夢中になったり。 by 北野武
2012/12/12

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負けたのは、努力が足りなかっただけだ。そう子供に言い続けるのは、見込みのない漫才師志望の若者の耳元で、「頑張れば、いつかは売れるよ」と囁くようなものだ。愛情でもなんでもない。どんなに努力したって、できないヤツはできないのだ。
早い話が、芸能界を目指す人間が1000人いたとして、そのうち何人が飯を喰えるようになるか。せいぜい1人いるかどうかだ。あとの999人は諦めるのが前提なのだ。それでも、努力すれば夢はかなうと言えるのか。そんな馬鹿な話はない。
どうしてそういう無理をさせるのだろう。 by 北野武
2012/12/12

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ほんとうは勝負をさせるべきなのだ。負けて悔し涙を流す子供には「だけど、お前は算数の勉強はできるんだから」とか、フォローの仕方はあるだろう。 by 北野武
2012/12/12

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子供は素晴らしい、子供には無限の可能性がある。
今の大人は、そういうふざけたことを言う。
子供がみんな素晴らしいわけがないじゃないか。
残酷な言い方だが、馬鹿は馬鹿だ。足が遅いヤツは遅いし、野球がどんなに好きだって、下手なヤツはいくら練習しても下手なのだ。
そんなことわかりきっているのに、本気で努力すれば誰でも一流になれる、なんてことを平気で言う。
そうじゃなくて、才能のある人間が、誰よりも努力をして、ようやく一流になれるかどうかという話だ。イチローと同じ練習をしたら、誰でもあんな風になれるのか。 by 北野武
2012/12/12

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それで、勘違いしてしまったのだろうか。努力すれば夢はなんでもかなう、と。
だけど、それは大間違いだ。今も昔も、物事の本質は何も変わっていない。正しくいうなら、努力すればかなう夢もある、だ。
どんなに努力してもかなわない夢で、世の中は溢れかえっているじゃないか。 by 北野武
2012/12/12

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物わかりのいい父親が多すぎる。父親が子供に媚びを売ってどうする。結局は自分が可愛いだけのことなんじゃないか。
父親は子供が最初に出会う、人生の邪魔者でいいのだ。
子供に嫌われることを、父親は恐れちゃいけない。 by 北野武
2012/12/12

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マイホームパパだかなんだか知らないが、いつもニコニコ笑っていて、子供の気持ちがよくわかる、物わかりのいい父親が理想だなんてことになった頃から、どうも教育がおかしくなった。子供の気持ちなんて、そんなものは、大人なら誰だってわかってる。どんな大人だって、昔は子供だったのだ。わかってはいても、駄目なものは駄目なんだと父親が教えてやらなきゃいけない。 by 北野武
2012/12/12

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そもそも親子が仲睦まじいというのが、どうもわざとらしいというか、俺には耐えられない。父ちゃんなんてものは、煙ったくて、おっかねえくらいで、ちょうどいい。 by 北野武
2012/12/12

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最先端の物理学の本を読むと、量子力学の不確定性原理なんていって、「あらゆるものは振動である」だとか書いてある。そうすると、人間の思考ってやつも振動で、魂も同じように、目に見えないけれど振動であると考えたら……。
地球はこれほどうるさい星はないっていうくらい、宇宙空間に電波を放射している。その電波も、振動であって物質じゃない。物質じゃないものが、この宇宙には確かに存在している。それなら、人の魂だって、物質としての肉体が滅びた後も、その振動という状態で存在しているかもしれない。
荒唐無稽な話といえばそれまでだ。
だけど、少なくとも、死ぬということは、その荒唐無稽な考え方が正しいか正しくないか、死んだ後のことがわかるかわからないかの賭けに出るということでもある。
それだけは、ちょっと楽しみだなあと思う。 by 北野武
2012/12/12

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誰もが最後は死ぬわけで、死ぬのは恐ろしいけれど、その反面で面白いこともある。少なくとも、死ねば、死んだらどうなるかわかるのだ。
正確にいうなら、わかるかもしれない、か。
というのは、死んでしまったら何もわからなくなるという可能性もある。人は死んだら、バラバラの元素に戻るだけで、わかるとかわからないとかいう前に、存在そのものが消えてしまうんだよという考え方もある。
それこそ、理科系的に考えれば、結局は無に還るだけ、元素に戻るだけなんだろう。人間の意識というものも、結局は物質から構成されているのだとしたら、元素がバラバラになった時点で、その存在は消えるというだけのこと。 by 北野武
2012/12/12

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死んだらどうなるか。それは誰にもわからない。
死後の世界を見たとかいう話もあったけれど、あれは死んだのではなくて、あくまでも限りなく死に近づいたという話だ。完壁に死んでしまって、肉体が滅びてから、この世に戻った人はいない。
つまり、ほんとうのところ、死んだらどうなるかを、実際に体験して知っている人間は一人もいない。 by 北野武
2012/12/02

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いわゆるキリスト教的な神は、俺にはあまり馴染みがない。
昔の日本人がよく言ったように、お天道様が見ているという方が俺の心にはしっくりする。何をするのもお前の自由だ、でもお天道様はいつも見ているんだよという感覚が、神様と人間との関係で言えば、いちばん理想的な距離感だと思うのだ。 by 北野武
2012/12/02

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神様はいるのかいないのかと考えたり、議論をすること自体が、すでに神という存在を前提にしている。神という以外の言葉はないのかと思う。だけどそういう言葉はないわけで、神という言葉を頭の中から取り払うのは、ほとんど無理なんじゃないだろうか。その言葉が頭の中にある限り、完全に信じてはいなくても、心のどこかにそういう存在が絶対にいないとは限らないという思いが残るのだ。 by 北野武
2012/12/02

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もし死ぬことが恐くないということになったら、宗教なんていらなくなる。人が宗教に頼る最大の理由は、やっぱり死への恐怖なのだ。死後の世界を誰も知らないから、それを教えてくれる宗教を求めるわけだ。そして、天国と地獄という概念が生まれた。 by 北野武
2012/12/02

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天国や地獄が本当にあるのかも、神様がいるのかいないのかも、誰も証明したことがないわけだ。そういう曖昧な状態なのに、生きる意味を探せなんてことを言われたら、誰だって迷うに決まっている。自分の能力だけで、その迷いから抜け出せる人間なんて、ほんの一握りなのだ。 by 北野武
2012/12/02

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だいたい、今の社会は、人生とは何かとか、人間の生きる意味は何かみたいなことを、言い過ぎる。若い人には、それが強迫観念になっている。何かというと、そういうことを言う大人が悪いのだ。自分たちだって、生きることと死ぬことの意味なんか、絶対にわかってないくせに。 by 北野武
2012/12/02

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子供がいじめられて、仲間はずれにされて、自殺するという話をやたらと聞く。
イジメがどうのという前に、仲間はずれにされたら生きてはいけない、という子供が増えているんだなあと思う。ということは、たとえば小学校のひとつのクラスのメンバーであることの方が、死ぬとか生きるってことよりも重要だと、子供たちが感じているってことだ。
大人たちは誰も、友達なんかいなくても人は生きられるんだと言ってやらない。 by 北野武
2012/12/02

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この世で起きることには、本来、何の色も着いていない。
そこに、喜びだの悲しみだのの色を着けるのは人間だ。 by 北野武
2012/12/02

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人類がこの地球上に出現して何百万年経ったか知らないが、死ななかった人間は一人もいない。人間は誰でも死ぬ。 by 北野武
2012/12/02

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自分を客観的に眺めて、生きていることを演出するとしたら、いちばんの理想は、いい映画を撮れたときに死ぬことだ。しかし、映画っていうものは完成した瞬間に、気に入らないところが次々に見えてくる。自分の映画に、満足することはない。満足するようじゃ、映画監督なんて続けられない。
だから俺も、生きることに興味がないなんて言いながら、いざ死神が現れたら、こう言ってしまいそうな気がする。
「あと1本だけ映画撮らせてくれねえか」
人間、歳を取ると図々しくなる。 by 北野武
2012/12/02

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身体は、どんな状態にあっても、生きようとする。
自決っていうのは、その強い本能を、精神が屈服させるということだ。肉体の運動をコントロールするのは精神だけど、その究極は、頭で肉体を殺すこと。三島(由紀夫)さんはつまり、それをやったんだろう。肉体を死という究極の命令に従わせることで、屈服させたんじゃないだろうか。 by 北野武
2012/12/02

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俺はいつでも死ぬ覚悟はできているぜ、なんて、格好のいいことを言うつもりはない。
ただ淡々と、いつ死んでもいいかなと思う。そういう意味じゃ、生きることにあんまり興味がないのだというしかない。 by 北野武
2012/12/02

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あの(バイク)事故でわかったことは、運命なんてものは、自分でどうにか動かせるものじゃないということ。どんな運命が待っていようと、それをそのまま受け入れるしかないのだ。 by 北野武
2012/12/02

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生き延びたことは、素直にありがたいと思う。助けてもらった生命を、大切にして生きようとも思う。あれ以来、バイクもクルマの運転も一切やめた。あれだけ吸っていた煙草も、息切れがするからやめた。ついでに酒もやめればいいんだろうが、そこまでしたら、何のために生きているかわからなくなりそうなので、完全に断ってはいない。「酒をやめ、タバコもやめて仕事して、女も抱かず百まで生きたバカがいた」なんて歌があったが、そんな人生は真っ平だ。 by 北野武
2012/12/02

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芸人をやって、映画監督をして。ビートたけしをして、北野武でもいるという今の人生は、ほんとうに疲れる。
物体は激しく動けば、それだけ摩擦が大きくなる。人間だって、激しく動くと熱を持つのだ。端(はた)から見れば、輝いている人間のことが、きっと羨ましく見えるのだろう。
だけど、輝いている本人は熱くてたまらないのだ。 by 北野武
2012/12/02

8226;肉体的な年齢が年々増えていくのは、だれもが避けて通れない事実ですが、心の若さは気のもちようであり、それは必ず表にあらわれます。つまり、常に前へ進む気力さえ失わなければ、若さはいつも向こうからついてくる、というのが私の信念です。 by 松下幸之助
• 2012/12/27

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• 青春

青春とは心の若さである
信念と希望にあふれ
勇気にみちて日に新たな
活動をつづけるかぎり
青春は永遠にその人のものである
by 松下幸之助

•いささか厳しい言い方をすれば、本業に全身全霊をささげて、そこに喜びが湧いてこないというようなことでは、その本業から去らなければならないという見方もできると思います。能力の問題ではありません。それに全身全霊を打ちこむ喜びをもつかもたないかの問題です。 by 松下幸之助
• 2012/12/27

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• 不況のときこそ、身にしみてほんとうの勉強ができるいい機会だということである。 by 松下幸之助
• 2012/01/24

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• やはり人間というものは、どんなに賢い人でも、事にあたって多少つまずかないと身に入らない。 by 松下幸之助
• 2012/01/24

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• きょうの最善はあすになればもう最善ではない。あすはあすの最善を生み出していかなければならないということなんですね。 by 松下幸之助
• 2012/01/24

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たとえ自分の会社でヒット商品を出したとしても、それに安心するのではなく、その商品をライバルとしてすぐつぎのよりお客様に喜ばれる商品を考えていく、そういう日に新たな姿を生み出していくことこそ大事だと思うのです。 by 松下幸之助

• 仕事が好きであれば、気分の切り替えが苦もなくできます。一時的には“わずらわしい、困ったな”と思っても、つぎの瞬間には、“その苦労を乗り切ることが面白いんだ”ということでかえって勇気が湧いてきます。しかし、嫌いだとそうはいきません。嫌いな人は、だんだんその苦しさがつのってきて、頭が痛くなってくる。そして“もう自分はこの仕事から逃げたいなあ”といったことになってくるわけです。それでは仕事を全うすることはできません。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• 不景気を迎えたということは、考え方によると非常に意義のある年である。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• 今日、不景気になり、その他もろもろ困難に直面はしておりますが、その直面しているということをいたずらに恐れてはならない。むしろこういうときにこそ、すべてにおいてものの考え方を変えて、今まで考えつかなかったものも考えつくことができる。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• 悪い年は必ずしも悲観する年ではない、それは新たに出発するところのめでたい年である。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• 非常に悪い年は、同時に心の改革ということが行われて、そしてそれが将来非常な発展の基礎になる。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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本年は非常に悪い年でありますが、しかし、悪い年やといっていたずらに引っこみ思案になったり、また意気消沈をしていたならば、悪い年はさらに悪くなる、それではいけない、悪い年というものは考え方によると、非常にわれわれにものを考えさせる年である、また、平生考えられなかったことを考える年である、そういうことになるとわれわれは考えたい。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• 人間としていちばん尊いものは徳である。だから、徳を高めなくてはいかん、と。しかし、技術は教えることができるし、習うこともできる。けれども、徳は教えることも習うこともできない。自分で悟るしかない。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• 「徳というものはこういうものだ。こんなふうにやりなさい」「なら、そうします」というようなものとは違う。もっとむずかしい複雑なものです。自分で悟るしかない。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• 君が「徳が大事である。なんとかして徳を高めたい」ということを考えれば、もうそのことが徳の道に入っているといえます。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• 大志を抱くということも、それ自体はまことに大事で立派なことですが、大志抱くがために、遠く遠方をみつめて、きょう一日の足もとを顧みないというような場合も、私は相当あるんやないかという感じがします。大志を抱いて成功しないという人もある。大志を抱かずして一日一日を積み重ねて、ついに大志を抱いたと同じような成果をあげるという人もある。私の場合はどちらかというと、大志をもたずして、大志を抱いた人と同じような成果をあげたことになるんやないかという感じがいたします。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• 大志を抱いて仕事をして成功したということはいえないけれども、その日その日というものを、まじめにやってきたということによって、大志をもって仕事に取り組んだのと同じような成果をあげてきたのではないかという感じがします。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• やることなすことが裏目にばかり出る。懸命に努力しているのに、どうもうまくいかない。そのような状況に陥って頭を悩ますことが、長い人生にはときにあります。
そんなときに大事なのは、やはり志を失わず地道な努力を続けること。およそ物事というものは、すぐにうまくいくということはめったにあるものではない。根気よく辛抱強く、地道な努力をたゆまず続けていくことによって、はじめてそれなりの成果があがるものだという気がします。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• 艱難(かんなん)が汝(なんじ)を玉にするということわざがありますが、人生にはどうにもならないこともあります。もう逃げるに逃げれない、死ぬに死ねないということもあるのです。それでも志さえ失わずいれば、やれるわけです。 by 松下幸之助
• 2011/08/15

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志を大きくもって、一生懸命にやったら、必ず成功します。 by 松下幸之助
• 2011/08/15

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• 私は人はすべて希望を失ってはいけない、いいかえると、あすに夢をもてと言いたい。この夢をもつということが、人生においてどんなに大切なことかわからないと常々考えている。 by 松下幸之助
• 2011/08/15

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• 自分の適性に生きて、喜びをもってきょうの日の仕事に徹する。それが勇気のある人だと私は思うのです。一つのことでも、こんな仕事はという、とざされた考え方もあれば、こんな仕事をすることができると考える、ひらかれた心もある。前者は運命につぶされ、後者は運命に従って運命に優遇される人なのです。あなたはどこまでも後者でなければなりません。 by 松下幸之助
• 2011/08/15

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• 物事がうまくいったときは“これは運がよかったのだ”と考え、うまくいかなかったときは“その原因は自分にある”と考えるようにしてきた。つまり、成功は運のせいだが、失敗は自分のせいだということである。
物事がうまくいったときに、それを自分の力でやったのだと考えると、そこにおごりや油断が生じて、つぎに失敗を招きやすい。実際、成功といっても、それは結果での話しであって、その過程には小さな失敗というものがいろいろある。それらは、一歩過てば大きな失敗に結びつきかねないものではあるが、おごりや油断があると、そういうものが見えなくなってしまう。けれども、“これは運がよかったから成功したのだ”と考えれば、そうした小さな失敗についても、一つひとつ反省することになってくる。
反対に、うまくいかなかったときに、それを運のせいにして“運が悪かった”ということになれば、その失敗の経験が生きてこない。自分のやり方に過ちがあったと考えれば、そこにいろいろ反省もできて、同じ過ちはくり返さなくなり、文字どおり「失敗は成功の母」ということになってくる。 by 松下幸之助
• 2011/08/15

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• 私は、“運”というようなものを否定するわけではない。むしろそういうものがお互い人間の上には、目には見えなくても働いているのではないかと考えている。 by 松下幸之助
• 2011/08/15

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• 私は、世の多くの人々と同じく、困難多き人生を経てきたと言ってもよいけれど、そうした諸困難を、ことごとく自力で克服したと思わない。そういう状況におかれたからこうなったのだと思う。そういう運命だったことを承認するだけである。だから、今ある自分を誇る必要も気負う必要もない。 by 松下幸之助
• 2011/08/15

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• 人間は、見方によれば、90パーセントまで運命によって決められている、と言ってよい。残りの10パーセントを自分の意志で左右することができるのだ。
どうにかなる10パーセントを努力すれば、その10パーセントが非常に効果がある。だが、ばたばたしても10パーセントの違いではないか。 by 松下幸之助
• 2011/08/15

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宇宙大自然に逆らわず、むしろ宇宙や大自然にとけこんで、これと一体になりきってしまう。これが人間ほんとの姿であり、その結果あらわれてくるものが、世の中で言う成功とか成就とか、あるいは億万長者ということになるのではなかろうか。
だから、非常に簡単なことである。 by 松下幸之助
• 2011/08/15

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• 世の中には、成功する秘訣とか、コツとか、それさえ心得ていれば何でもできるという当意妙法なんて、絶対にありえない、と考えている。私の言わせると、人間万事、世の中のすべては、天の摂理で決まる90パーセント、あとの10パーセントだけが、人間のなしうる限界だと思うのである。 by 松下幸之助
• 2011/08/15

ツイてる人は、みんな前進しています。
みんなより、自分が少し遅れるときもあります。
みんなより、自分が少し先に行くときもあります。
もし遅れたら、少しだけスピードをあげればいいんです。すぐ追いつきます。
だって、みんな、「あなたが来る」のを待っているんですから! by 斎藤一人
2012/12/08

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人は愛する人のためならガンバレル。

人間って、「愛する人」のためならがんばれるんです。
「ハングリー精神が強い」とか、「うらみの心は強い」とか、「ねたみの心は強い」とか、いろいろ言いますけど、そんなのはウソです。
世の中で一番強いのは「愛の力」です。
この力さえあれば、どんなときでもがんばれるんです。
愛は世界も救うし、あなたも救います。 by 斎藤一人
2012/12/08

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やってやれないことはない。やらずにできるわけがない。

「やってやれないこと」って、本当にないんです。
なぜかと言うと、「あなたに起きる問題」は「あなたにできること」だからです。
誰もあなたに「戦争のない世界にしろ」とか、「世界一のコンピューターをつくれ」とか言いませんよね。それは「あなたに起きる問題」ではないからです。
今「あなたに起きている問題」は、あなたがやる気を出せばすべて乗り越えられる問題です。やってみたらあまりに簡単に乗り越えられるので、ビックリします。
そんなもんです。人生って! by 斎藤一人
2012/12/08

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みんな元気ですか。身体の具合の悪いとき、完ペキ主義になっていませんか。ありがとうは、たりていますか。もう一度頭に浮かんだ人にありがとう。ありがとう。

体は「六〇点で満点」ということを知っていますか?
「一〇〇点満点」が健康ではないんです。だとしたら、健康な日なんて、めったにあるもんじゃありませんから!
少しぐらい具合が悪くても、人に聞かれたら「健康です!」「絶好調です!」と答えてください。
すると、体のほうは、あわてて「あ! 絶好調なんだ! 早く絶好調にしなくちゃ!」と、後からついてくるものです。
六〇点で絶好調!
うそみたいだけど、本当の話です。 by 斎藤一人
2012/12/08

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私は自分を信じています。信じているからどんな問題ものりこえられる。

神様は、「あなたが乗り越えられない問題」は絶対に出しません。
だから、どんな問題も乗り越えられるようになっているんです。
安心して、「乗り越える方法」を考えてください。すぐわかりますよ。
もし、すぐ思い浮かばなかったら、ほっとけばいいんです。時間が勝手に解決してくれますから。
結局、解決できない問題なんてないんですよね。 by 斎藤一人
2011/10/29

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あなたの笑顔は、人も自分も助けるよ。

人に親切にすると、親切にされる。
人に笑顔で接すると、笑顔が返ってくる。
「人にいいこと」をすると、なぜか自分にみんな返ってくるんです。
「なぜ?」って考える必要はありません。そんなことより、笑顔で毎日を過ごすことです! by 斎藤一人
2011/10/29

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あなたにとって、今が修行の時です。笑顔でのりこえましょう。

誰でも何らかの修行をしています。
それは、もともと人間は、何らかの修行をするために生まれてきたからです。
修行とは「イヤなこと」か「苦手なこと」と決まっています。
「得意なこと」では、修行になりませんからね。
どんな修行も、時間がたてば終わります。
ただし、修行を「笑顔で乗り越えた」か「苦痛の顔で乗り越えた」かを、いつも神様は見ています。そして、「苦痛の顔で乗り越えた人」には罰を(!)、「笑顔で乗り越えた人」にはごほうびをくれるものです。
だから、笑顔で乗り越えなくてはダメなんです。 by 斎藤一人
2011/10/29

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困った時に、ついてるって言えないよね。だから、口ぐせにするといいよ。

成功する人は「良い口ぐせ」を持っています。
失敗する人は「悪い口ぐせ」を持っています。
たった、それだけで人生が決まってしまうのだから、こわいですよね。
「ツイてる、ツイてる」っていう口ぐせは、あなたを絶対に幸せにする口ぐせです。
ふだんから、何度も何度も言ってください。
笑っちゃうほど、良いことが次々と起きますよ。 by 斎藤一人
2011/10/29

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なんにもないとき、ついている。こまったときは、ありがとう。いいことあったら、かんしゃしてます。これでしあわせ。

成功する人は「感謝の多い人」です。
良いことがあったときはもちろん感謝するし、何もないときは「何もなくて良かった」と感謝する。さらには、悪いことや人にだまされるようなことがあっても「あの人のおかげで勉強になった」と、感謝するものです。
そういう人は100パーセント成功します。
失敗することは不可能です。 by 斎藤一人
2011/10/29

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お金がないと、愛する人を助けることができない。だから、仕事をしよう。

何のために、仕事をするんですか?
それは、愛する人を助けるため!
何のために、お金をためるんですか?
それは、愛する人を助けるため!
「愛する人を困らせたくない!」
まずは、そんな単純な発想から始めてください。
そんな発想があなたを成功に導く。さらには、周りの人を次々と幸せにしていくんですよ。 by 斎藤一人
2011/09/23

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あなたの行く所に、必ず日がさしますよ。だいじょうぶ。だいじょうぶ。

「あっちの方角がいい」とか「こっちの方角がダメだ」とか、いろんなことを言う人がいます。
ただ、あなたの行くところにはいつも陽がさします!
だって、あなたの笑顔が太陽なんです。
あなたの思いやりのある言葉が、太陽なんですから。
だから、どこに行っても大丈夫、大丈夫。 by 斎藤一人
2011/09/23

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困ったことがおきたら、面白いことがおきたと言ってみな。奇跡がおきるから。

人間を「成功に導く階段」があります。
それは「困ったこと」です。
「困ったこと」が起きたとき、「困った」と言うと、階段を一歩降りてしまうことになるんです。
ただ、そんなとき、「おもしろいことが起きた!」と言うと、階段をひょいと飛びあがるんです。
「おもしろい!」と言った時点で、世間にも神様にも「こんなことで困ってないよ!」という勝利宣言になるわけ。
このひと言で「あなたの勝ち」が決定するんですよ! by 斎藤一人
2011/09/23

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秋になると、なべ物がおいしい。紅葉がきれい。生まれてきてよかった。よかった。

春夏秋冬。
おいしいものがあります。
きれいな景色もあります。
楽しいことを想像してください。そうすれば楽しくなります。
悲しいことを考えないでください。悲しいことを考えると、誰でも悲しくなります。
たとえば、冬は鍋物がおいしい。
こんな気楽な考えが、今のあなたに本当に必要なんですよ。 by 斎藤一人
2011/09/23

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人生にはいろいろな宝物があるけど、そのなかで最高の宝物は、今日も元気で働けること。

人生の宝物。
それは「健康」です。
それと「笑顔」。
そして「優しさ」です。
つまり、人生にはいろいろな宝物があるわけです。
だから、あなたが「健康」で「笑顔」で「優しさ」を見せれば、みんなからは「あなた自身も宝物」のように思ってもらえるんです。 by 斎藤一人
2011/08/23

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元気なら一生働ける。よかった。よかった。

若いときは「一生働くなんてイヤだ」と思うことがあります。
でも、だんだん年を重ねていくと、「一生元気で働けることの素晴らしさ」がわかってくるんです。
つまり、健康で、人の役に立って、誰の世話にもならずに、お金を稼いで生活をする。そして休みになれば旅行にでかける。
同時に、仕事がなくて、毎日何もすることのない空しさや、怖さが年とともにわかってくるんです。
毎日、働けることに感謝する。
笑顔で働く。
そうすれば、神様がきっとあなたを守ってくれますよ。 by 斎藤一人
2011/08/23

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足もとを見て歩くと、道のすみに咲く花に気づけるし、人にやさしくできる。

遠くを見すぎたり。
自分と人を比較したり。
そんなことをしては落ちこんだり、つまずいたり。
それよりも、自分の足元を見て、少しでも前に進んでいくことです。
そうすれば、確実に幸せになれるし、足元に咲いている花にも気づくんだ。
「自分の足元に咲いている花は、本当に自分に必要な花」なんだって、当たり前のことに気がつくんです。 by 斎藤一人
2011/08/23

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仲間がいるから楽しい。仲間がいるから前進できる。

仲間がいると、良いことが何倍も楽しくなります。
仲間が大勢いると、良いことが何倍も何倍も何倍も楽しくなります。
仲間がいると、イヤなことがあってもすぐ忘れられます。
仲間の笑顔は、生きていくのに絶対に「必要な宝物」なんですね。
そして、みんなにとって、良き仲間のあなた。あなたの笑顔が、みんなの宝物なんだよ。 by 斎藤一人
2011/08/23

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幸せっていっぱい言うと幸せになる。目があって幸せ。耳があって幸せ。命があって幸せ。

「幸せ」って言うと、幸せなことが不思議と起こるんです。
幸せなことが起きてから、「幸せ」って言うようではいけません。
「幸せ」って言うと、良いことが次々と起きます。
「幸せ」って言うと、今すぐ自分の幸せに気がつきます。
「幸せ。幸せ。幸せ」って言えるあなたは、人生の勝利者なんです。 by 斎藤一人
2011/08/23

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やりたい事は今やらないといつまでも出来ませんよ。

誰にでも「やりたいこと」はあります。
たとえば「ヨーロッパの旅行に行きたい」。そんなときは、ヨーロッパの旅行のカタログだけでも見てください。不思議と良いことが起きます。
「新しい仕事をしたい」なら、仕事の計画だけでもねってみる。思わぬ良いことが起きます。
大切な人にプレゼントを買ってあげたくても、お金がないのなら、その気持ちだけでも伝える。すると、ステキなことが起きるんです。
「今やれる小さいこと」から始めてください。
本当に「小さいこと」でかまわないんです。
大きい大きいプレゼントがもらえますよ! by 斎藤一人
2011/08/22

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笑顔で仕事をしていると、どこに勉強に行くより頭が良くなる。

不満な顔で仕事をしていると、何も得られません。
それどころか、「イヤなこと」ばかり次々と起こるものです。
笑顔で仕事をしていると、「自分のためになること」が次から次へとやってきます。
そのうえ、仕事以外のことでも、良いことが次から次へと起きるんです。
笑顔というのは、幸せの国に行くためのパスポートなんです! by 斎藤一人
2011/08/22

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よく考えて行えば成功まちがいないですよ。安心安心。

「企画」という言葉があります。
「企てる」という意味です。
「企てて行なう」から「企業」になるんです。
「企てる」。
つまり、ちゃんと「成功すること」を考えてから、行動してくださいね。
何も考えずに行動したら、九九パーセント、ハズれると思ってください。
そのかわり、よく考えてから実行すれば、誰がやっても九九パーセント成功するんです。 by 斎藤一人
2011/08/22

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本も読まないでのりこえられる時代じゃないですよ。

本を読むといいですよー。
どんな分野であれ、「成功した人」は、自分の体得したものを、惜しみなく人に教えようとするものです。
それどころか、そういう人は「どうしたら人がわかってくれるか」と、日夜頭を痛めているものです。
そういう人の「やさしい波動」にふれるだけでも、得るものがたくさんあります。 by 斎藤一人
2011/08/22

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カンペキ主義はつかれるな。不カンペキ主義は楽しいな。楽しいからいつもニコニコ。

人間は、何ごとも完璧にはできません。
完璧にできるのは、神様だけ。
ただ、私たち人間には、何ごとも不完璧でも、それにめげず楽しく改良していくことができる。
そういう素晴らしい力を、神様からさずかっているんです。
うまくいかないからって、ガッカリしちゃダメですよ。
改良して、少しだけ良くなればいいんです。
それだけです。 by 斎藤一人
2011/08/14

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魅力があればすべてがうまくいくから不思議。

「魅力」って、何ですか?
ズバリ、あなたのその笑顔です。
そして、あなたがしゃべる思いやりのある言葉です。
それさえ心掛けていれば、世界中の神様たちがあなたの味方をしてくれます。
すべてうまくいくから不思議です。 by 斎藤一人
2011/08/14

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自分にたりないものは、人をほめる努力。

「人をほめる努力」を始める。
すると、その場で、人生が輝いて見えてくるから不思議です。
あの人の顔も光り輝いて見えるし、この人の顔も光り輝いて見える。
そして、人をほめようとしている自分の顔が、一番輝いて見える。
こんな小さな努力でこんな幸せになれる方法があったんです。
「幸せ、見つけたっ!」って感じになれます。 by 斎藤一人
2011/08/14

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今日一日だけ一生けん命いきよう。明日のことは考えないで。

「今日だけ幸せに生きること」を考えてください。
もっと言うと、「今だけ幸せに生きること」を考えてください。
人生って、長いように見えても、結局、今の連続ですから。
今、幸せな人は、明日も、あさっても幸せですよ。 by 斎藤一人
2011/08/14

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人生は弱気になったら負けですよ。勇気をだして知恵をだして。

人間って、放っておくと、だんだんと気持ちが弱気になってくるんです。
そうしたら、遠慮なく勇気を出してください!
そうしたら、続いて知恵が出てきます。
勇気を出す前に、知恵を出してもダメですよ。
勇気のない知恵は、結局実行できませんから。 by 斎藤一人
2011/08/14

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天に豊作を祈り、手は田を耕す。ありがとうを言おう。わくわく冒険しよう。

お百姓さんは、天に豊作を祈りながら、畑や田んぼを耕しています。
自分でできる努力をせいいっぱいして、そのうえで、神様に豊作を祈っているのです。
努力もしないで、ただ「いいことだけを願う」のは、なまけ者ですね。 by 斎藤一人
2011/08/14

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人の心に灯をともすと自分の心に灯がともる。愛がないと人間て生きられないね。

人間にとって、一番「うれしいこと」、そして「楽しいこと」。
それは、人の喜んだ顔を見ることです。
人の喜んだ顔を見ると、自分の心もパッと花が咲いたように明るくなります。
誰の心の中も、愛の花でいっぱいにしたいよね。 by 斎藤一人
2011/08/14

ミスには面白い法則がある。たとえば、最初に相手がミスをする。そして次に自分がミスをする。ミスとミスで帳消しになると思いがちだが、あとからしたミスのほうが罪が重い。そのときの自分のミスは、相手のミスを足した分も加わって大きくなるのだ。つまりマイナスの度数が高いのだ。 by 羽生善治
2012/12/09

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実は、将棋では、勝ったケースのほとんどは相手のミスによる勝ちである。本当のことだ。拾い勝ちという感じなのだ。テニスなども、自分の強烈なショットがダウン・ザ・ラインに決まって勝つというより、相手のミスに「救われた!」というゲーム展開が多いのではないか。 by 羽生善治
2012/12/09

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☆「人間は、ミスをするものだ」
長い間、将棋を指してきて、こう、つくづくと思う。
将棋では、ミスは日常茶飯事でよく起こるのだ。私は、プロになって二十年近くになる。いろいろ経験を積んできたし、訓練もしてきたが、そうでありながら、どんなに訓練を積んでいても、ミスは避けられないという実感を抱いているのだ。 by 羽生善治
2012/12/09

集中力は、人に教えてもらったり、聞いて身につくものではない。勝負どころでの集中力を発揮するには、集中できる環境を自らつくり出すことこそが大切だと思っている。 by 羽生善治
2012/12/09

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テレビでサッカーの試合を観ていると、解説者が、「ここで集中!」「集中力を切らすな」と叫んだりしているが、私は、集中力はそんなに簡単に自在にギアチェンジできるとは思えない。流れが自分のほうになかったりすると、「どうしたらいいだろう」と思い悩んだり、前にしたミスをひきずって「ここで集中」という場面で乗り切れないこともあるだろう。かけ声だけで深く集中できるものではない。 by 羽生善治
2012/12/09

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何かに興味を持ち、それを好きになって打ち込むことは、集中力だけでなく、思考力や創造力を養うことにもつながると思っている。 by 羽生善治
2012/12/09

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誰でも、これまでに興味を持って夢中になったものがあるだろう。遊びでもゲームでも何でもいい。そのときの感覚であり、充実感だ。それを思い出せば、集中力のノウハウはわかるはずだ。逆に、興味のないことには集中できない。誰でも、自分が集中できる型を自然につくっているはずだ。 by 羽生善治
2012/12/09

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子どもは、好きなことなら時間がたつのも忘れてやり続けることができる。本当に夢中になったら黙っていても集中するのだ。集中力がある子に育てようとするのではなく、本当に好きなこと、興味を持てること、打ち込めるものが見つけられる環境を与えてやることが大切だ。 by 羽生善治
2012/12/09

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私が深く集中するときは、スキンダイビングで海に深く潜っていく感覚と似ている。一気に深い集中力には到達できない。海には水圧がある。潜るときにはゆっくりと、水圧に体を慣らしながら潜るように、集中力もだんだんと深めていかなければならない。そのステップを省略すると、深い集中の域に達することはできない。焦ると浅瀬でばたばたするだけで、どうもがいてもそれ以上に深く潜っていけなくなってしまう。逆に、段階をうまく踏むことができたときには、非常に深く集中できる。 by 羽生善治
2012/12/09

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将棋では、たとえば、重荷になりそうな駒であれば早めに切ってしまう。角や飛車という強力な駒でも、守るためにたくさんの駒を使う必要があったら、パッと桂馬や香車などに換え、その駒を他の場所で使う。部分的には損だけれど、全体としてはプラスになるということが多いのである。 by 羽生善治
2012/08/30

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「いかに戦うか」は大局観にかかわるが、その具体的な戦略は事前研究が決め手になる。事前にしっかり準備して万全の態勢で対局に臨んでくる人は手強い人だ。手強い人は、私の予想している局面に入ってくる。というのも、私が予想しているであろう局面に入ってくるには、私に勝つ自信を持った人でなければありえないからだ。そうでなければ、その局面の勝負は避けて通るはずだ。 by 羽生善治
2012/08/30

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先入観や思い込みを持っていると、「違う手もあるのではないか」「ゼロに近いことに挑戦しよう」という考えは思い浮かばない。新しい考えを試み、理解していこうという気持ちも起こらない。私は、「こんなのはあり得ない」と思うのではなくて、理解していこう、吸収していこう、試してみようという気持ちや姿勢を、これから自分自身でも大事にしていかなくてはいけない、と強く思っている。 by 羽生善治
2012/08/30

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「そんな馬鹿な」と思われることから創造は生まれる。どの世界でも、常識といわれていることを疑ってみることからアイデアや新しい考えも生まれるのではなかろうか。 by 羽生善治
2012/08/30

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リスクを避けていては、その対戦に勝ったとしてもいい将棋は残すことはできない。次のステップにもならない。それこそ、私にとっては大いなるリスクである。いい結果は生まれない。私は、積極的にリスクを負うことは未来のリスクを最小限にすると、いつも自分に言い聞かせている。 by 羽生善治
2012/08/17

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二人の剣豪が決闘を始めたとする。立ち合ったときは距離が離れているが、間合いを詰めていって勝負が決まる。お互いに離れていては勝負がつかないから、前へ進まなくてはいけない。前に進むとそれだけ危険が迫る。怖いから下がりたい気持ちになるだろうが、一歩下がっても、相手に一歩間合いを詰められるだけだ。状況は変わらない。逆にいうと、下がれば下がるほど状況が悪くなるのだ。怖くても前へ進んでいく、そういう気持ち、姿勢が非常に大事だと思っている。 by 羽生善治
2012/08/17

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勝負には通らなくてはいけない道が存在すると私は思っている。リスクを前に怖じ気づかないことだ。恐れることも正直ある。相手を恐れると、いろいろな理由をつけて逃げたくなる。怖いから腰が引けてしまう。しかし、勝負する以上、必ずどこかでそういう場面に向き合い、決断を迫られることになる。私は、そういうときには、「あとはなるようになれ」という意識で指している。どんな場面でも、今の自分をさらけ出すことが大事なのだ。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」だ。 by 羽生善治
2012/08/17

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何事でも、決断し、挑戦してみないと、結果がどうなるかはわからない。 by 羽生善治
2012/08/17

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将棋で大事なのは、判断であり決断である。私は、決断をするときのよりどころは自分の中にあると思っている。王をとるか、とられるかの厳しい局面では、最終的に自らリスクを負わなければならない。そういうところでの決断には、その人の本質が出てくるのだ。 by 羽生善治
2012/08/17

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現状に満足してしまうと、進歩はない。
物事を進めようとするときに、「まだその時期じゃない」「環境が整っていない」とリスクばかりを強調する人がいるが、環境が整っていないことは、逆説的にいえば、非常にいい環境だといえる。リスクを強調すると、新しいことに挑戦することに尻込みしてしまう。リスクの大きさはその価値を表しているのだと思えば、それだけやりがいが大きい。そちらに目を向ければ、挑戦してみようという気持ちも起きてくるのではないだろうか。 by 羽生善治
2012/08/07

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将棋にかぎらず、ぎりぎりの勝負で力を発揮できる決め手は、この大局観と感性のバランスだ。感性は、どの部分がプラスに働くというのではなく、読書をしたり、音楽を聴いたり、将棋界以外の人と会ったり……というさまざまな刺激によって総合的に研ぎ澄まされていくものだと思っている。 by 羽生善治
2012/08/07

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直感力は、それまでにいろいろ経験し、培ってきたことが脳の無意識の領域に詰まっており、それが浮かび上がってくるものだ。まったく偶然に、何もないところからパッと思い浮かぶものではない。たくさんの対局をし、「いい結果だった」「悪い結果だった」などの経験の積み重ねの中で、「こういうケースの場合はこう対応したほうがいい」という無意識の流れに沿って浮かび上がってくるものだと思っている。 by 羽生善治
2012/08/07

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私は、人間の持っている優れた資質の一つは、直感力だと思っている。
というのも、これまで公式戦で千局以上の将棋を指してきて、一局の中で、直感によってパッと一目見て「これが一番いいだろう」と閃いた手のほぼ七割は、正しい選択をしている。 by 羽生善治
2012/08/07

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「将棋を指すうえで、一番の決め手になるのは何か?」
と問われれば、私は、「決断力」と答えるであろう。
私は、いつも、決断することは本当に難しいと思っている。直感によって指し手を思い浮かべることや、検証のための読みの力も大切であるが、対局中は決断の連続である。その決断力の一つ一つが勝負を決するのである。 by 羽生善治
2012/08/07

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守ろう、守ろうとすると後ろ向きになる。守りたければ攻めなければいけない。私は、自分の将棋は常にそうありたいと思っている。 by 羽生善治
2012/07/31

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勝負の世界では「これでよし」と消極的な姿勢になることが一番怖い。組織や企業でも同じだろうが、常に前進を目ざさないと、そこでストップし、後退が始まってしまう。 by 羽生善治
2012/07/31

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新しいものを取り入れるときほ経験がないほうが、拒否反応がないのですっと入っていける。また、怖がらないから危ない橋でもどんどん渡れる。非常に大事な要素である。 by 羽生善治
2012/07/31

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将棋にかぎらず、知らないフィールドで戦うほうが面白いのではないか。常識もマニュアルも通用しないカーナビが効かない場所では、自分の力を試されているようでもあり、充実感を実感できるはずだ。未知の世界に踏み込み、自力で考え、新しいルートを探し求める気迫こそ、未来を切り開く力になると私は考えている。 by 羽生善治
2012/07/31

勝つのほ一点差でいい。五点も十点も大差をつけて勝つ必要はない。常にギリギリの勝ちを目ざしているほうがむしろ確実性が高くなると思っている。 by 羽生善治
2012/07/31

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かなり危険だと判断しても、私は、踏み込んで決断をするほうだと思う。
見た目にはかなり危険でも、読み切っていれば怖くはない。剣豪の勝負でも、お互いの斬り合いで、相手の刀の切っ先が鼻先一センチのところをかすめていっても、読み切っていれば大丈夫だ。逆に相手に何もさせたくないからと距離を十分に置いていると、相手が鋭く踏み込んできたときに受けに回ってしまう。逆転を許すことになる。将棋では、自分から踏み込むことは勝負を決める大きな要素である。 by 羽生善治
2012/06/27

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決断するときはたとえその手が危険であっても、わかりやすい手を選んでいる。簡単に勝てるほうといってもいい。 by 羽生善治
2012/06/27

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勝負では、自分から危険なところに踏み込む勇気が必要である。 by 羽生善治
2012/06/27

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経験には、「いい結果」、「悪い結果」がある。それを積むことによっていろいろな方法論というか、選択肢も増えてきた。しかし、一方では、経験を積んで選択肢が増えている分だけ、怖いとか、不安だとか、そういう気持ちも増してきている。考える材料が増えれば増えるほど「これと似たようなことを前にやって失敗してしまった」というマイナス面も大きく膨らんで自分の思考を縛ることになる。
そういうマイナス面に打ち勝てる理性、自分自身をコントロールする力を同時に成長させていかないと、経験を活かし切るのは難しくなってしまう。それは、将棋にかぎらず、ビジネスの世界をはじめ、共通する課題であろう。 by 羽生善治
2012/06/27

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何かを「覚える」、それ自体が勉強になるのではなく、それを理解しマスターし、自家薬籠中のものにする――その過程が最も大事なのである。それは他人の将棋を見ているだけでは、わからないし、自分のものにはできない。自分が実際にやってみると、「ああ、こういうことだったのか」と理解できる。 by 羽生善治
2012/06/27

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定跡は、ただ記憶するだけでは実戦でほとんど役に立たない。そこに自分のアイデアや判断をつけ加えて、より高いレベルに昇華させる必要がある。将棋にかぎらず、私たちはとかく膨大な量の情報や知識に埋もれがちだ。定跡を生かすにも、情報におぼれるのではなく、まず、“自分の頭で考える”ことが先決だと思っている。 by 羽生善治
2012/05/14

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知識は、「知恵」に変えてこそ自分の力になる。 by 羽生善治
2012/05/14

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駒がぶつかったあとからは争点がはっきりとするのである意味、考えやすい。そこから逆転の機会をつかむのは難しい。勝負どころはもっと前にあるのだ。駒がぶつかっていれば誰でも考えやすい。争点だけ考えればいい。しかし、戦いが始まる前に香車を上げるとか端の歩を突くというのは難しいし、考えづらい。それが争点で生きてくる。相手に差をつける勝負どころなのだ。 by 羽生善治
2012/05/14

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不利な局面でも諦めずに、粘り強く淡々と指していくことが、勝負のツボを見いだすポイントになり、逆転に必要な直感や閃きを導き出す道筋になると私は信じている。 by 羽生善治
2012/05/14

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流れは人為的に支配できるものではない。対局中にはいろいろなことを考えるが、思ったとおりにはならない。思いがけない展開になってしまう。流れをつくるよりも、サーフィンのように流れにのっていく。波はつくれないが、乗れるかどうかだ。 by 羽生善治
2012/05/14

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勝負どころではごちゃごちゃ考えるな。単純に、簡単に考えろ! by 羽生善治
2012/03/14

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私は、人間には二通りあると思っている。不利な状況を喜べる人間と、喜べない人間だ。 by 羽生善治
2012/03/14

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たとえば、いまトップで争っている人たちは、欠点を裏返すと、それがその人の一番の長所であったりする。だから、それを消そうとすると、また別の欠点が出てくるのである。 by 羽生善治
2012/03/14

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勝負は相手が嫌がることをやるものなのだ。これは予想していないだろうという手を、お互いにくり出しあうのだ。 by 羽生善治
2012/03/14

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意表をつかれることに驚いてはいけない。そんなことは日常茶飯事であって、予想どおりに進むことなど皆無といっていい。 by 羽生善治
2012/03/14

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楽観はしない。
ましてや悲観もしない。
ひたすら平常心で。 by 羽生善治
2012/03/14

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勝負では精神力はもちろん重要である。とりわけ追い込まれたときの精神力。これが重大な局面を左右する。 by 羽生善治
2012/03/14

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将棋は自分との孤独な戦いである。追い込まれた状況からいかに抜け出すか。
追い込まれるということはどういうことか、でも、人間は本当に追い詰められた経験をしなければダメだということもわかった。逆にいうと、追い詰められた場所にこそ、大きな飛躍があるのだ。 by 羽生善治
2012/03/14

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初めてではどう対処するか非常に難しいが、何事でも一回経験していれば対処しやすい。ゼロと一の差は大きい。 by 羽生善治
2012/03/14

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勝負においては、自分が苦しいときは相手も苦しいのである。 by 羽生善治
2012/03/14

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