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鯖のみそ煮缶詰事件

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この話はmixiからそのままコピーさせていただきました。どうぞ元気をもらってください。

☆「鯖のみそ煮缶詰事件」  BY 金さん

僕には鯖のみそ煮の缶詰を見るたびに思い出す友達がいます。

それはタケちゃん。

タケちゃんは小学生の時の友達。
タケちゃんは学校でも有名な貧乏な子供でした。

タケちゃんはどの季節もノースリーブ。
本人は

「寒さばあんまり感じらんもん。だけん袖なんていらんと」

と言いながら真冬の授業では唇を紫色に変え
ガッタガタ震えていました。

頭は悪くはなかったんですが毎年冬になるとタケちゃんの
成績は死ぬほど下がってました。

タケちゃんは釣りが好きでした。
でもタケちゃんの”好き”は他の人と違う感覚。

釣るのが”好き”ではなく、
魚は食料になるから”好き”なのです。

どんな魚でもことごとく、持ち帰るタケちゃん。

タケちゃんにキャッチ&リリースなんて言葉は無用。

でも”食べるから持って帰る”なんて決して口にしません。

「弟達に見せたいから」

と言う理由で魚を持ち帰っていました。

そんなある日見たこともない変な形をした魚が釣れました。

タケちゃんはやはり

「弟達に見せたいけん、持って帰るね」

と言ってその魚を持ち帰りました。

タケちゃんは翌日から4日間学校を休みました。

理由は 食 あ た り でした。

タケちゃんは貧乏と口にするのを嫌がりました。

決してタケちゃんの口からその言葉を聞いたことは
ありません。

だから時々タケちゃんはウソをつきました。

「家にはシャンデリアがあるばい」

「車は2台もあるもん」

「シャワーもついとるよ」

親分格のかっちゃんが言いました。

「じゃあ見に行くばい!」

あの時のタケちゃんの青ざめた顔は一生忘れません。

6人ぐらいでタケちゃんの家を見に行くことに。
肩をがっくり落とし、トボトボ歩くタケちゃんの後ろを
ついていく僕たち。

タケちゃんはなんとか撒こうとしたんでしょうね。

同じ道を三回通ってました。

結局その作戦も虚しく家に到着。

その家を見て、僕たちは言葉を失いました。

その土壁の家にはシャンデリアどころか、屋根がついておらず、変わりにブルーシートが張られていました。

車二台の代わりに汚い手作りの竹馬が二つ土壁に
掛かっていました。

シャワーどころか風呂もなくおまけに便所も
ありませんでした。

唖然としてる僕たちにタケちゃんはしらじらしい感じで
こう言いました。

「ま、ここは別荘やけんね。本当の家は遠か場所にあるけん
 また今度連れて行くね」

そんなタケちゃんが本当に好きでした。

いつも一緒にいました。

釣りもたくさんしました。

近所の海に行って潜り、サザエも捕りました。
やり方を教えてくれたのはもちろんタケちゃん。

山菜を採りに”タンタン岩”って名前の山に行きました。

タケちゃんはどれが食べれる山菜かよく知ってました。

タケちゃんはタンタン岩の事を知り尽くしていました。

しかしそんなタケちゃんよりタンタン岩を知り尽くしている
タケちゃんのライバルがいました。

”内田のじじぃ”ってじいちゃんです。

”内田のじじぃ”はタンタン岩にミカン畑を持っていて
タケちゃんはよくそこにミカンを盗みに入ってました。

僕も一緒にいきました。

見つかると大変です。

クワ持った内田のじじぃにスカッドミサイルのように
山中を追いかけ回されました。

一年で20回は追い回されました。

しかしタンタン岩を知り尽くしている内田のじじぃから
逃げることは不可能。

「実は5つ子じゃないか?」

と思うぐらい先回りされ捕まり、ボコボコにされミカンは
手に入らずじまい。

帰り道。
目をはらしたタケちゃんは

「いつか逃げ切ってやるばい」

と息撒いてました。

そんなタケちゃんの家によくお呼ばれしました。

タケちゃん家族はお父さんがいませんでした。

その代わり弟と妹が計8人いました。

お母さんは一日中働いているので殆ど会った事
がありませんでした。

でも綺麗で優しそうなお母さんでした。

タケちゃんは家に行くと必ずご飯にキャベツ、
そして鯖のみそ煮を出してくれました。

タケちゃんはご飯を寿司の様に握り
その上に鯖のみそ煮をのせて出してくれました。

「おいしかけん食べてみんね!」

ビックリするほどタケちゃんが作ってくれた鯖のみそ煮の
握りは美味しいものでした。

「遠慮せんでよかけんね!」

遠慮せずに食べてました。
でもある視線に気づきました。

それはタケちゃん弟や妹の羨ましそうな視線。

僕は知りました。

その鯖のみそ煮が家族にとって
どんなに貴重なものかと言う事に。

申し訳ない気分になりました。

でも、家に行くたびにタケちゃんは鯖のみそ煮寿司を
作り続けてくれました。

そんなタケちゃんの夢は寿司職人になること。
理由は

「毎日魚が食えるけん」

と実にタケちゃんらしい理由でした。

そして、その日は来ました。

タケちゃんのお母さんが亡くなったんです。
働き過ぎが原因だったそうです。

葬式でタケちゃんの弟たちは泣いてました。

長男のタケちゃんは涙を見せませんでした。

そんなタケちゃんがすごく大人に見えました。

タケちゃんを含めた弟さんや妹さんは親戚の元に身を寄せる為にみんな離ればなれになることが決まりました。

タケちゃんは熊本の親戚のおじさんの家に行くことに
なりました。

僕はタケちゃんを駅まで見送りに行きました。

貯金してたお年玉で死ぬほど鯖のみそ煮の缶詰を買って。

鯖のみそ煮の缶詰が入った袋を3袋ぶら下げて。

それを見たタケちゃんは

「こがんたくさんもらっても困るばい。重かし」

と笑いながら言いました。

でも、目には涙が溜まっていました。

目が真っ赤になってました。

その目を見て僕も泣きそうになりました。

駅にはどこで聞きつけたのか内田のじじぃがいました。

手には僕が持ってきた量の倍以上の袋を持っていました。

中にはみかんがぎっしりと詰められていました。

内田のじじぃは言いました。

「すっぱかミカンば選んで持ってきた」

タケちゃんは

「なんでそがんとば持って来るとや!」

きっとそう言いたかったでしょうが、
言葉になっていませんでした。

言った瞬間にタケちゃんの目から我慢していた
涙が溢れました。

どんな時も決して泣かなかったタケちゃんの初めての涙。
内田のじじぃにボコボコにされても泣かなかった、
お母さんの葬式でも見せなかったタケちゃんの涙。

僕も一緒に泣きました。

内田のじじぃは何も言わずに僕たちを見つめてました。

タケちゃんはたくさんの袋を持って列車に乗り込みました。
そして窓を開けて言いました。

「またね!」

僕も言いました。

「またね!!」

列車が見えなくなるまで内田のじじぃと手を振りました。

帰りに内田のじじぃが

「お前にもやる。食え。」

と言ってミカンを一つ渡してくれました。

そのミカンは
とてつもなく甘いミカンでした。

その後のタケちゃんは本当に広島で寿司屋になりました。

まだ行ったことがないけどタケちゃんの店には
変わった寿司が一つあるそうです。

それは「鯖のみそ煮寿司」

タケちゃん曰く
「客には不評ばい」と笑いながら言ってました。

弟さんや妹さんとは1年に一回長崎で会うそうです。

僕には鯖のみそ煮の缶詰を見るたびに思い出す友達がいます。

早くタケちゃんが作った寿司が食べたい。

鯖のみそ煮の缶詰を見るたびに僕はそう思うのです。

大樹さん、素敵なお話をコピーさせていただきありがとうございました。
           ジョージ

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