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松下

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•肉体的な年齢が年々増えていくのは、だれもが避けて通れない事実ですが、心の若さは気のもちようであり、それは必ず表にあらわれます。つまり、常に前へ進む気力さえ失わなければ、若さはいつも向こうからついてくる、というのが私の信念です。 by 松下幸之助
• 2012/12/27

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• 青春

青春とは心の若さである
信念と希望にあふれ
勇気にみちて日に新たな
活動をつづけるかぎり
青春は永遠にその人のものである
by 松下幸之助

•いささか厳しい言い方をすれば、本業に全身全霊をささげて、そこに喜びが湧いてこないというようなことでは、その本業から去らなければならないという見方もできると思います。能力の問題ではありません。それに全身全霊を打ちこむ喜びをもつかもたないかの問題です。 by 松下幸之助
• 2012/12/27

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• 不況のときこそ、身にしみてほんとうの勉強ができるいい機会だということである。 by 松下幸之助
• 2012/01/24

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• やはり人間というものは、どんなに賢い人でも、事にあたって多少つまずかないと身に入らない。 by 松下幸之助
• 2012/01/24

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• きょうの最善はあすになればもう最善ではない。あすはあすの最善を生み出していかなければならないということなんですね。 by 松下幸之助
• 2012/01/24

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たとえ自分の会社でヒット商品を出したとしても、それに安心するのではなく、その商品をライバルとしてすぐつぎのよりお客様に喜ばれる商品を考えていく、そういう日に新たな姿を生み出していくことこそ大事だと思うのです。 by 松下幸之助

• 仕事が好きであれば、気分の切り替えが苦もなくできます。一時的には“わずらわしい、困ったな”と思っても、つぎの瞬間には、“その苦労を乗り切ることが面白いんだ”ということでかえって勇気が湧いてきます。しかし、嫌いだとそうはいきません。嫌いな人は、だんだんその苦しさがつのってきて、頭が痛くなってくる。そして“もう自分はこの仕事から逃げたいなあ”といったことになってくるわけです。それでは仕事を全うすることはできません。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• 不景気を迎えたということは、考え方によると非常に意義のある年である。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• 今日、不景気になり、その他もろもろ困難に直面はしておりますが、その直面しているということをいたずらに恐れてはならない。むしろこういうときにこそ、すべてにおいてものの考え方を変えて、今まで考えつかなかったものも考えつくことができる。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• 悪い年は必ずしも悲観する年ではない、それは新たに出発するところのめでたい年である。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• 非常に悪い年は、同時に心の改革ということが行われて、そしてそれが将来非常な発展の基礎になる。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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本年は非常に悪い年でありますが、しかし、悪い年やといっていたずらに引っこみ思案になったり、また意気消沈をしていたならば、悪い年はさらに悪くなる、それではいけない、悪い年というものは考え方によると、非常にわれわれにものを考えさせる年である、また、平生考えられなかったことを考える年である、そういうことになるとわれわれは考えたい。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• 人間としていちばん尊いものは徳である。だから、徳を高めなくてはいかん、と。しかし、技術は教えることができるし、習うこともできる。けれども、徳は教えることも習うこともできない。自分で悟るしかない。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• 「徳というものはこういうものだ。こんなふうにやりなさい」「なら、そうします」というようなものとは違う。もっとむずかしい複雑なものです。自分で悟るしかない。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• 君が「徳が大事である。なんとかして徳を高めたい」ということを考えれば、もうそのことが徳の道に入っているといえます。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• 大志を抱くということも、それ自体はまことに大事で立派なことですが、大志抱くがために、遠く遠方をみつめて、きょう一日の足もとを顧みないというような場合も、私は相当あるんやないかという感じがします。大志を抱いて成功しないという人もある。大志を抱かずして一日一日を積み重ねて、ついに大志を抱いたと同じような成果をあげるという人もある。私の場合はどちらかというと、大志をもたずして、大志を抱いた人と同じような成果をあげたことになるんやないかという感じがいたします。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• 大志を抱いて仕事をして成功したということはいえないけれども、その日その日というものを、まじめにやってきたということによって、大志をもって仕事に取り組んだのと同じような成果をあげてきたのではないかという感じがします。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• やることなすことが裏目にばかり出る。懸命に努力しているのに、どうもうまくいかない。そのような状況に陥って頭を悩ますことが、長い人生にはときにあります。
そんなときに大事なのは、やはり志を失わず地道な努力を続けること。およそ物事というものは、すぐにうまくいくということはめったにあるものではない。根気よく辛抱強く、地道な努力をたゆまず続けていくことによって、はじめてそれなりの成果があがるものだという気がします。 by 松下幸之助
• 2011/08/24

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• 艱難(かんなん)が汝(なんじ)を玉にするということわざがありますが、人生にはどうにもならないこともあります。もう逃げるに逃げれない、死ぬに死ねないということもあるのです。それでも志さえ失わずいれば、やれるわけです。 by 松下幸之助
• 2011/08/15

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志を大きくもって、一生懸命にやったら、必ず成功します。 by 松下幸之助
• 2011/08/15

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• 私は人はすべて希望を失ってはいけない、いいかえると、あすに夢をもてと言いたい。この夢をもつということが、人生においてどんなに大切なことかわからないと常々考えている。 by 松下幸之助
• 2011/08/15

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• 自分の適性に生きて、喜びをもってきょうの日の仕事に徹する。それが勇気のある人だと私は思うのです。一つのことでも、こんな仕事はという、とざされた考え方もあれば、こんな仕事をすることができると考える、ひらかれた心もある。前者は運命につぶされ、後者は運命に従って運命に優遇される人なのです。あなたはどこまでも後者でなければなりません。 by 松下幸之助
• 2011/08/15

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• 物事がうまくいったときは“これは運がよかったのだ”と考え、うまくいかなかったときは“その原因は自分にある”と考えるようにしてきた。つまり、成功は運のせいだが、失敗は自分のせいだということである。
物事がうまくいったときに、それを自分の力でやったのだと考えると、そこにおごりや油断が生じて、つぎに失敗を招きやすい。実際、成功といっても、それは結果での話しであって、その過程には小さな失敗というものがいろいろある。それらは、一歩過てば大きな失敗に結びつきかねないものではあるが、おごりや油断があると、そういうものが見えなくなってしまう。けれども、“これは運がよかったから成功したのだ”と考えれば、そうした小さな失敗についても、一つひとつ反省することになってくる。
反対に、うまくいかなかったときに、それを運のせいにして“運が悪かった”ということになれば、その失敗の経験が生きてこない。自分のやり方に過ちがあったと考えれば、そこにいろいろ反省もできて、同じ過ちはくり返さなくなり、文字どおり「失敗は成功の母」ということになってくる。 by 松下幸之助
• 2011/08/15

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• 私は、“運”というようなものを否定するわけではない。むしろそういうものがお互い人間の上には、目には見えなくても働いているのではないかと考えている。 by 松下幸之助
• 2011/08/15

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• 私は、世の多くの人々と同じく、困難多き人生を経てきたと言ってもよいけれど、そうした諸困難を、ことごとく自力で克服したと思わない。そういう状況におかれたからこうなったのだと思う。そういう運命だったことを承認するだけである。だから、今ある自分を誇る必要も気負う必要もない。 by 松下幸之助
• 2011/08/15

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• 人間は、見方によれば、90パーセントまで運命によって決められている、と言ってよい。残りの10パーセントを自分の意志で左右することができるのだ。
どうにかなる10パーセントを努力すれば、その10パーセントが非常に効果がある。だが、ばたばたしても10パーセントの違いではないか。 by 松下幸之助
• 2011/08/15

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宇宙大自然に逆らわず、むしろ宇宙や大自然にとけこんで、これと一体になりきってしまう。これが人間ほんとの姿であり、その結果あらわれてくるものが、世の中で言う成功とか成就とか、あるいは億万長者ということになるのではなかろうか。
だから、非常に簡単なことである。 by 松下幸之助
• 2011/08/15

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• 世の中には、成功する秘訣とか、コツとか、それさえ心得ていれば何でもできるという当意妙法なんて、絶対にありえない、と考えている。私の言わせると、人間万事、世の中のすべては、天の摂理で決まる90パーセント、あとの10パーセントだけが、人間のなしうる限界だと思うのである。 by 松下幸之助
• 2011/08/15

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